おばちゃんの話

先日、おばちゃんが亡くなった。
関係としては、大おばにあたるのだけど、私はずっとおばちゃんと呼んでいた。

おばちゃんは、母が小学生の頃に怪我をしてから、
世話をするために田舎から出てきて以来、ずっと母の実家に暮らし、
その商売を手伝ってきた。
だから私にとっては、おばあちゃんの家に行けば必ずいてくれる、
身近な大人だった。

おばあちゃんの家が大好きだった私は、
週末や夏・冬・春の長期の休みに入るたびにおばあちゃんの家に入り浸ったものだった。

そのおばちゃんが病気の末に亡くなり、先週は通夜と告別式があった。
カトリックだったので、教会で通夜式と葬儀ミサだった。
(カトリックでは、死亡することを「帰天する」というらしい)
日曜日に教会に通っていたのは知っていたけど、
なぜ、いつ洗礼を受けたのか、教会でどんな活動をしていたのか、
おばちゃんは何も語らなかったし、聞くこともなかったので、
何も知らなくて、洗礼名もこのとき初めて知った。

当たり前だけど、私の知っているおばちゃんは一部でしかなくて、
教会に毎週、もう50年以上も活動をしていて、そこで出会う人たちがいて・・・。
海外の被災地にもたくさん献金や寄付をしていたみたいだし、
「可愛がってもらってました」という若いご夫婦も通夜式に来てくれていた。
改めて考えたことがないのが不思議なくらい、私は何も知らないのだった。
いつものおばちゃんは、「敬虔な」という形容詞など浮かばない、
ちょっと毒舌な人だったから。
でも、わかりやすくはないけど、優しい人だった。
50年以上もカトリックとして活動に身を捧げてきたのだから、
信仰のあつい人だったのは間違いない。

昔、復活祭の時期になると、イラストを描いた手作りの卵をくれたこととか、
子どもの頃高熱が下がらなかったときに、
「ルルドの泉(奇跡の泉と言われている」で汲んできた水を
飲ませてくれたことを思い出しながら、弔いの聖歌を歌った。

聖歌を歌うなんて本当に久しぶりだったけど、
葬儀用の聖歌はほとんど知らない曲ばかりだった。
中学・高校とカトリックの学校で、しかも歌を歌う部活だったので、
カトリックの聖歌には馴染みがあったのに。
私がカトリックの学校に入ったことも、もしかしたら嬉しかったのかもしれないなあ、
とふと思ったりした。

カトリックでは、死ぬことは天に帰って神様と一緒にいることだから、
決して悲しいことではない、という捉え方で、死んだ瞬間から魂は天に帰っているらしく、
夜通し遺体についている必要もなく、初七日や四十九日もないのだった。

仏式に慣れた遺族サイドとしては、皆多少戸惑っていたけれど、
父とおじの発言がかなり笑わせてくれた。

父「カトリックってのは、簡単でいいね〜。俺も改宗しようかな。」
おじ「しかし、23歳で家族や兄弟の中で一人改宗するなんて、よっぽどとんでるおばさんだったんだな」

このことは、何かすごく書き残したいと思い、あまりまとまりが無いけどアップしてしまいます。
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by sayacok | 2010-05-21 23:26 | DAY&NIGHT
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